【 「“ たいめいけん ” の洋食には、よき時代の東京の、ゆたかな生活が温存されている。物質のゆたかさではない。そのころの東京に住んでいた人びとの、心のゆたかさのことである」人生の折々に出会った“ 懐かしい味 ” を今も残している店を改めて全国に訪ね、初めて食べた時の強烈な思いを語る。そして変貌いちじるしい現代に昔の味をつたえている店の人たちの細やかな心づかいをたたえる。 】
これは新しいものを批判しているのではなく、あくまでも純粋に古き良きものへの讃称ですね。
僕は“ 調理パン ”とは、とてもうまい名だと思います。それ以上でも、それ以下でもないこのネーミング・・・このパンの呼び名としては、他にはないと思っています。
大手コンビニエンス社や、いろいろな誘惑も絶対にあったでしょうね。このお店はそんなに頑なスタンスではないですが、朝はやくから毎日この調理パンを作り続けて何年になるのでしょう。
僕はこの「清月」の近くの幼稚園だったので、たまに母親に買ってもったこともあり、懐味もあるのか、未だに時々手作り調理パンに肖ります。
多少マスコミにも出るようになった為か、いつ行っても化粧をきちっとして、誰にでも明るく話しかけてくれる「清月」のおばちゃんには、いつまでも健在でいてほしいと思うのは僕だけではないでしょう。




































